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vol. 9 くじら戦記――会社と徹底抗戦した1年間の記録 6/6

ゆみ

会社を辞めてから

 わたしは両親に汚物を見るかのような目で睨まれながら、実家でぐうたらと過ごした。ごはんはまだかと、25歳にもなる娘がスウェットのままソファに寝っころがりテレビゲームに興じている日常風景―――両親の気持ちを考えると実にいたたまれなくはあったが、この贅沢な生活をあと少しだけでいいからさせてくれとわたしは甘えに甘えていた。

 会社を辞めて3か月が経っただろうか。そんな生活に飽き始めたころ、やっとのこと転職活動を始める。ECサイトの制作と運営はとても楽しかったし、もっとこの分野について学びたいという理由から、自社サイトの運営・管理ができる職場を探した。歪ではあるものの、ひとつのECサイトを制作したという実績があることは非常に心強く、それが自信にもなっていたのか面接でもいきいきと喋ることができた。結果、転職先は思ったよりもスムーズに見つかり、今はそこで楽しく仕事をしている。お局様に目をつけられているものの人間関係も良好で、かつての荒波を懐かしく思うほど今は穏やかである。

 そんな中、ふと、あの古びた貸ビルの一室のことを思うこともあった。もう少し頭を冷やしていればまた違った道もあったのかなぁとぼんやり考える。確かにひどいことをたくさん言われたりもしたが、おじさんらに悪気はなかったのかもしれないなぁとか。やりたくないことだったとしても、営業を続けていれば何か変わっていたかもしれないなぁとか。ものづくりの工程を熱心に教えてくれた、協力工場のお兄さんたちは元気かなぁとか。HTMLについてわからないながらも、「くじら屋」を快く引き継いでくれた現場作業員のおじさんは今も「くじら屋」トップページを更新してくれているし、唯一仲の良かった定年間際のおじさんとはいまだにメール交換をしているし、なんだかんだ恵まれた環境にいたのだろうなぁと、柄にもなくしおらしいことを思ったりもする。1年とちょっとしかいなかったあの場所だが、良いことも悪いこともたくさんあった。今でも思い出してカッとなるような嫌なこともたくさんあったが、わたしを成長させてくれた場所であることには変わりないし、わたしのわがままを許し「くじら屋」を最後までつくらせてくれたことに対しては本当に感謝しなければならない。そう思う。

 さて、わたしは今日も職場に向かう。これから先も、うまくいかないことや頭にくるようなことがたくさん待ち構えているのだろうか。でもきっと、そこまで憂いる必要はないはずだ。うまくいかないときは、うまくいかないなりにまた頑張ればいいと思うし、頭にきたらそれをエネルギーにまた何かに一生懸命になればいい。そうやって悩んで頑張って、悩んで頑張って、の繰り返しで、わたしはずっとやってきた気がする。きっと、これからもそうだ。そうでありたい。

 次に火蓋が切られるのはいつであろうか。

 そのときを楽しみに待ちながら、わたしは一日一日をしっかりと踏みしめていこう。

おしまい

くじら戦記――会社と徹底抗戦した1年間の記録
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