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vol. 9 くじら戦記――会社と徹底抗戦した1年間の記録 4/6
ゆみ
喧嘩上等
日が短くなり寒さも本格的になってきたある日、わたしはついに営業することをやめた。会社のためにがんばることもやめた。こんなくだらない環境で、陰口と文句しか言えない上司らに愛想を使い、やりたくもない営業で1位の成績を維持していくことに疲労困憊であった。わたしのわがままであることは自覚していたが、やりたくないものはやりたくないのである。もう、やりたいようにやってやろう。どうせこんな会社辞めるつもりだ。最後に爪痕くらい残させてくれ――――
こうして何かが吹っ切れたように、わたしは勝手にweb事業部(仮)を立ち上げ、もくもくと怪しいサイトを構築しはじめたのである。
それは、グッズ制作のサイトだ。プロアマ問わず、絵を描いたりグッズをつくったりといった創作活動に勤しむ人たちは年々増えてきている。私も例外ではなく、当事者としてターゲット事情というものを少なからず理解していた。そういった人々からイラストを入稿して貰い、白無地のプラスチックにそのデータを印刷する。すると、「自分だけのオリジナルグッズ」のできあがりだ。もとからこういったサービスを会社のweb上でやってはいたものの、ほとんど利益が出ていないという有り様だった。サイトの名前は「くじら屋」。最終更新日は2012年。解像度がガビガビの画像とシアン100%の背景。レインボーの文字で彩られたトップページには、古めかしいくじらのキャラクターが「やぁ」と言わんばかりに右手(ヒレ)を挙げている。同業他社のサイトはどれも若者向けなデザインといまどきの美少女キャラクターで飾られているのに対し、ずいぶんと時代錯誤なたたずまいである。このほこりをかぶったサイトをすべて一新してやることが、わたしの定めたミッションである。
自分のデスクに籠城しカタカタとタグを打ち込む。自慢ではないが、webページの制作経験はこれといってあるわけではない。昔趣味でつくった小規模なイラストサイトと、ゼミでつくったホームページくらいである。知識はほとんど皆無の状態であったが、根拠のない自信と、その根拠のない自信を補うためのやる気にだけは満ち満ちていた。処理能力は貧弱であるが、会社のパソコンには「DreamWeaver」「Illustrater」「Photoshop」 の三種の神器が入っている。それらをぎこちなくではあるが駆使し、少しずつ形をつくっていく。会社から帰ってきたあとは、サイトの看板キャラクターを描いた。本屋に寄り、HTMLとCSSの基本を勉強しなおした。独学独力でひとつのECサイト をつくることは大変であったが、何よりもわくわくしていた。