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vol. 9 くじら戦記――会社と徹底抗戦した1年間の記録 2/6
ゆみ
メーカーの営業として働く
規模としては町工場のような小さいものであったが、れっきとしたメーカーであった。プラスチック成型技術と印刷技術を独自のノウハウで組み合わせた、ユニークな製品が日々開発されていく。パスケースやスマフォケース、ボールペンのクリップに、マグネット…。製品ができるまでの流れはそこまで難しくはない。「金型」と呼ばれる型に熱で溶けた樹脂が流れ込み、それが冷めて固まったタイミングでキレイに棒で突き出される。これが「射出成型」と呼ばれる製造法である。
ことばにするとあっけないが、何トンもある巨大な工業機械がテンポよく反復し、プラスチック製品が次々とカートンに積みあがっていく様は見ていて心地よい。切削機で長方形の金型を掘ってやれば、それはスマートフォンケースになる。何の変哲もないまぁるいプラスチックに、ちょっと磁石を入れてやればそれはマグネットになる。ただのプラスチックの山が、アイデアひとつで商品としての価値を帯びることは非常に面白かった。
そんな自社製品を他企業に提案し、購入していただくのが営業職であるわたしの仕事である。営業部はわたしを含め4人。平均年齢50歳のおじさんらのもとへ、右も左もわからぬ小娘が投入されたのだ。小さい会社のため研修などというご丁寧なものは用意されておらず、入社初日から“即戦力”として営業活動に明け暮れた。もともと営業なんて最もやりたくない類の仕事であったし、人にへこへこと頭を下げることは好きではない。気乗りはしなかったが、「仕事だから」という気持ちでなんとか重い腰をあげ奮闘した。もちろんはじめのうちはうまくいかないことばかりであったが、数か月ほどでそれなりにコツがつかめてきて、それなりに成績を伸ばしていた。しかし、成績を伸ばせば伸ばすほど「お前には営業の才能がある!エースとしてもっと会社のために稼いでくれ!」と、期待値とノルマがどんどんと膨れ上がっていった。
そして半年後、特にめいっぱいの努力をしていたわけではないが、気づけばわたしは上司であるおじさんらの月売上をひょいと抜き、営業成績1位になっていた。しかし、それはわたしが「営業に向いている」だとか「優秀だった」とか、そういった理由では決してない。なぜなら、端的に言って、おじさんらは仕事に対するやる気が全くなかったのだ。会社に引きこもり宝くじや競馬の話に興じ、現状に甘んじほこりっぽい貸家の一室で耳くそをほじっているだけなのである。そのくせ「忙しい」「時間がない」と嘆き、残業という名のネットサーフィンを繰り返す日々であった。文字通り「なにもしない」のだから、数字なんて上がるはずもなかった。入社間もない小娘に成績を簡単に抜かれる上司たちに、わたしはほとほと呆れかえっていた。この環境の中モチベーションが続くわけもなく、入社から半年経ったころには営業に対して完全にやる気をなくしていた。