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vol. 9 くじら戦記――会社と徹底抗戦した1年間の記録 5/6

ゆみ

Good bye whales ―さらば愛しきくじらたち―

 突然営業をやめたわたしに、会社の人々は驚いていた。わたしのこの暴走に、社長と上司とわたしの三者緊急会議が開かれた。勝手に営業をやめて、パソコンでカタカタと怪しいサイトをつくっているのだ。そりゃあ不安に思うであろう。わたしはこの場を借りて、このままこの会社でがんばることが苦痛であるということ、わたしがいまやりたいことは、「くじら屋」を改装し売り上げを伸ばすことだということなど、胸に溜めに溜めた思いをひとつずつ剥がすように打ち明けた。さいごに胸ポケットに忍ばせておいた退職届を掲げながら、「くじら屋を改装させてくれないのであれば辞めます!」と高らかに言った。興奮のせいか、情けなくはあるが顔は真っ赤で涙もぼろぼろであった。

 そのあと言われたことはほとんど覚えていない。しかし、結果として退職届は受理され、「くじら屋」が完成次第この会社を辞めることになった。

 そして無事、「くじら屋」は見違えるように一新された。完成までに要した期間は3か月。わたしがこの会社に入って初めて達成した大きなプロジェクトでもあった。リニューアルして間もないころ、月売上は10倍ほどに跳ね上がったという。せっかくできあがったサイトを会社に託さねばならないことは悲しかった。この苦労して制作した「くじら屋」を末永く自身の手で運営していき、もっともっと売り上げを伸ばしていきたかったというのが本音である。ただ、そんなに世の中甘くはない。もう退職届は出している。辞めると決めたのだから、潔く去ろうではないか。わたしは無事、この山手線沿いにある下町の雑居ビルをあとにした。2016年、初夏のことである。

くじら戦記――会社と徹底抗戦した1年間の記録
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