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vol. 11 “絵”に連るれば唐の物 5/6
シャンクス
人生いろいろ、を実感する
この仕事をしていると、様々な人の様々な人生に触れ合うから面白い。絵を売って人生に触れるなんて、よくわからないかもしれないが、必需品でない絵を売るにはその人が何に価値観があって何にならお金を払うのかを知ることが大事なので、初対面なのに本当に色々な話をする。なぜその仕事をしているのか、どんな趣味があってなぜそれが好きなのか、家庭環境のこと、子どもの名前の由来、結婚について、その他いろんな人生観についてなどなど。働き始めたときは「情報収集」という義務の気持ちがありなかなか会話がはずまなかったが、今ではこの仕事でないと初対面の人とこんな話できないだろうというワクワク感のほうが勝っている。
私の方も、様々な人々の人生に触れ合うことで、私という人間の一度しかない人生なのに様々な生き方をちょっぴり経験できたような気持ちになれる。余談ではあるが、先述した仲良しの女性のお客さんはなんと一年で離婚し、「あの感動は何だったんだ……」という驚愕の出来事さえ経験した。それもこれも、私が純粋に興味をそそられて色々な話をするからこそ、お客さんも私に心を許して仲良くしてくれるのだろう。言葉にすると単純だが、本当に不思議なことのように思えてならないし、本当に有り難い。日本全国飛び回っていることもあり、どのお客さんもこの仕事でなければ出会わなかっただろうし、こんな心地良くも不思議な関係を築くこともできなかっただろう。そしてまさか私に会いに来てくれるお客さんができるなんて想像もしてみなかったが、私が本音で話さず自分を造って話していたとしたらこうはならなかったのだと思う。
もともと私は小さい頃から引っ込み思案で人前で話すのは得意ではなかったし、人見知りも激しく初対面の人と気さくに話せるような性格ではなかった。変なことを言って否定されるのでは、嫌われるのでは、と怖かった。両親でさえ、私が営業をやることに驚きを隠せなかったほど根付いていた性格だ。もちろん話すことが不得意な点は今でもそんなに変わらない。会社の朝礼で自分が発表する立場になると未だに心臓がバクバクするし、プライベートだと自分からは口を開かないことのほうが多い。でもひとりぼっちは寂しくて嫌いで、これまでは人に愛されたいがために、その人に好いてもらえる言動をとっていた。「自分への全肯定の感情=恋愛感情」と捉えて、相手をステレオタイプの「男」と「女」にわけて、いずれの性別であっても恋愛的に好きになってもらえるよう常に考えて行動していたことが卒論のテーマに繋がった。
それがこの仕事をしているうちに、いつの間にか「男」だ「女」だと考える暇もなくなった。暇もない、というよりはそんなことはどうでもいい、という感じである。中学生くらいからずっとそのドロドロとした自分の考えを気持ち悪く思っていて、でもやめられないと苦しんでいたのに。
目の前で触れ合う相手は「その人個人」だからいろんな考えをもっていろんなことを経験してきている。相手を勝手に分類して決めつけて自分の思い通りになるより、「こういう人もいるのか」と学ぶほうがずっと面白いということに気が付いた。思い通りにならなくても、葛藤したり、「そんなもんか」と受け入れる面白さが今ならわかる。コワモテな男性でも可愛いものが好きで腰が低かったり、美人で優しそうな女性が女性スタッフの接客では露骨に嫌そうな顔をするのに男性スタッフの前ではわかりやすくいい顔をしたり……。見た目や自分の経験からは計り知れない反応が返ってくるから、知らない人に話しかけることをもう怖いとは思わない。あくまで自分から見た印象だが、プライベートでも無理せずによく話すようになったほうだと思う。自分を美化しているかもしれないが、実際一皮剥けた感覚があるのだ。