ホーム > 旅の栞OBOGコラム > vol.11 シャンクス 4/6

vol. 11 “絵”に連るれば唐の物 4/6

シャンクス

「人」から絵を買うということ

 

 こうして彼女は22万円の絵を1時間ほどかけて即決した。大人の目からすればものすごく大きい金額というわけではないだろうが、嗜好品である絵にその金額、しかもその日に出会って即決、というところが特殊だと思う。一度販売したスタッフはそのお客さんの担当としてアフターフォローをしていくのだが、なんと驚くべきことに、この女性は今までに計10枚もの絵を買ってくれている。金額にすると300万円は超えてくる。

 

 3年間という短い期間でここまで買ってもらえるのは、そこそこ金銭面で余裕のある人ならともかく、フリーターではそうそう無いはずだ。ではなぜこんなに絵を買ってくれるのだろう。買った絵が5枚目に達したあたりで、問い掛けたわけでもなく、その女性は教えてくれた。「一枚目の絵をバックヤードから持ってきて見せてくれたとき、正直私はあまり好きな絵ではなかったんだ。でもね、あなたがとっても一生懸命その絵の良さを伝えてくれるから、買ってみようと思ったんだよ。」

 

 初対面の店員が頑張っている姿を見て、そこまで好きというわけではない22万円の品物をその人から買う、なんて想像したことさえなかった。しかも絵なんて、騙されたと思われても仕方のないような、値段の付け方がとても難しい商品だ。それなのに彼女は私のことを信頼して決断してくれたのである。それがきっかけで、その後も私が勧めた絵は気に入って金額も無理しない程度であれば買ってくれていたのだ。彼女のその言葉を聞いたとき、あまりの嬉しさに涙が出てきた。それは単なる店員と客という関係で示すことが出来ないように思う。それまでもこの女性とはプレゼントを贈り合ったり趣味の話で盛り上がるような、ある意味友人にも近い関係だと思っていたが、その後いつも一緒に来ていた彼と彼女は結婚することになり、なんとその結婚式の二次会に私を招いてくれたのだった。——ただの店員を、結婚という人生の一大イベントに呼ぶだろうか?初めて仕事以外でひとりで新幹線に乗り、知らない人たちや新郎新婦の親族に囲まれながら、幸せそうなふたりとウェルカムボード代わりの私から買った絵を見て、また涙腺が崩壊した。このふたりと出会えて本当に良かったなと、表現し難い感謝の気持ちが溢れた。

 

 もちろん、話し出すと止まらないくらい不思議な出会いのエピソードがいろんなお客さんにある。当然、良いことだらけというわけではなく、例えば帰りがけに抱き合うくらい仲良くなったお客さんが、翌日私に何の連絡もせずクーリングオフし、その対応でその人に電話をしたところ信じられないくらい冷たい態度をとられたこともあった。でもそんなことを気にしていても仕方がない。私を信じて絵を買う決断をしてくれる人が本当に有り難い。「あなただから買ったんだ」、「あなたのファンなのよ」、「あなたがいない展示会には行かないよ」。そんな言葉をくれるお客さんは、私の個人売上まで気にして私からしか買わないような人たちである。老若男女、たくさんのお客さんから愛されて、ときには親子のような、ときには友人のような、ときには兄弟のような、そんな不思議な関係がどんどん構築されていく。

“絵”に連るれば唐の物
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6