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vol. 6 少しずつでも、確実に──パン屋で働きながら悩んでいること 1/5

えみし

明治学院大学文学部芸術学科2009年度入学、長谷川ゼミ4期生。卒業論文のテーマは『個人商店のエスノグラフィー ──家族・地域・ネットワーク』。卒業後は飲食店を経営する会社に入社。その後転職し、現在はパンや焼き菓子に関わる仕事に就いている。

会社をやめてから1年

 飲食店での仕事をやめてからもうすぐ一年が経とうとしている。この一年でどうにか二つの仕事をかけもちし、それぞれに慣れてきた。ひとつは、パンや焼き菓子をつくっている工房での製造の仕事。もうひとつは、小さなベーカリーカフェでの接客販売の仕事。どちらも好きで、やりたいと思える仕事だ。ようやくそんな今の職場に流れ着くことができたにも関わらず、急に目の前が真っ暗になる出来事があった。そして、今もその渦中にいる。今回コラムを書く機会を与えてもらうにあたり、今私が陥っている状況に至るまでと、今の心の内を、渦中にいるときにしかできないようなかたちで吐き出すことができればと思う。

就職と、会社への違和感

 大学を卒業してから、関東にチェーン展開しているカフェ・レストランの会社へ入社した。大学在学中に自分の目標となった、自分でなんらかのお店を持ち、それを細々とでも守っていけるようになることを胸に、まずは飲食店に入り、経験を積もうという思いのためだった。

 私が入社した会社が展開している店舗は、ポジションごとの採用ではなかったため、ホールでお客さんと接することもあれば、キッチンに入ってパスタやリゾットなどの料理や、ケーキ、ドリンクを作ったりすることもあった。それらのメニューは、料理経験のない人でもレシピを見て簡単に作ることができるようになっていた。しかし、プロの料理人と呼べる人が店舗にいないために、味付けや仕上がりは探り探りの部分があり、人によってまちまちな出来のものを提供しなければならないこともあった。

 また、私が最初に配属された店舗は繁忙店だったこともあり、忙しさのなかでひとつひとつの料理を丁寧につくることや、ひとりひとりのお客さんをしっかりと見ることができないでいた。そんな状況に慣れていき、いつの間にか、いくつランチがでたか、売上がいくらだったか、という数字面での目標の達成に喜んでいる自分がいた。その数字はただ一日の客数を合計しただけのもので、ひとりひとりのお客さんへのお声かけがどうだったか、きちんとおいしいものを提供できていたかなどは、なにも表れていないのに。そんなふうに慣れていってしまう自分が怖かった。

 それだけじゃなかった。会社が提供している料理やデザートの内容と、私たちがお客さんに伝えなければならない宣伝文句とのギャップ。売上を最優先しろと平気で言ってしまう上司。たしかにお店を経営していく上では、しっかりと利益をあげなければならない。しかし、「あなたがたの一番の目的は売上を取ることです。」とはっきりと言われ、まったく共感できなかった。このままでは、この会社の方向性に染まり、自分がやりたいことがなくなってしまう。そう思った私は、入社して一年が経った春に、会社を退職した。

 仕事を辞めたとき、これからは自分がほんとうにおいしいと思うものを提供していて、ひとつひとつを丁寧に作ることを大切にしているような、そんなところで働きたいと思った。いくつかのお店に問い合わせてみたものの、そういったお店作りを大切にしているところは、すでにスタッフの人数が間に合っているところが多かった。まして、私は一年間キッチンに入っていたとは言え、料理を経験したと言えるほどの技術を身に付けたとは思えず、専門的な食の知識などもなかったために、そのころは完全に自信をなくしていた。仕事を辞めたことはまったく後悔していなかったが、これからどうすればいいのだろうという、漠然とした焦りで日々を過ごしていた。

少しずつでも、確実に──パン屋で働きながら悩んでいること
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