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vol. 10 あなたにわたしの話をしよう 4/5

テルミン

金銭感覚のギャップ

 コンセントという概念をよく知らなかったころに起きたのがコラム冒頭で述べた大失敗だ。まだ留学生であった2014年の冬に日本へ帰国したことがある。アルバイトで家賃を賄える程度の微々たる稼ぎしかなかったため、親のすねをかじりつつ、できるだけ無駄遣いしないよう出費を最小限に抑えるようにしていた頃の話だ。

 自発的に干渉してこない父はさて置き、母とわたしは金銭感覚が全く異なる。母は金使いが荒いわけではないが、ひとり娘のためなら財布に紐など付いていないのではないかと思うくらい太っ腹になる。一方、あまりの大盤振る舞いに、不安になって遠慮してしまうのがわたしであった。

 中学生の頃、父が手術を受けて入院したことがあった。看病で忙しかった母は弁当の代わりに昼ごはん代として五百円を支給してくれた。父が仕事に復帰できるかわからない、家の財政状況もわからなかったわたしはコンビニで、とにかく安くて腹の膨れそうなものを買おうと80円の小さなメロンパンを週五で食べていた頃があった。一週間も追加の昼ごはん代を要求しなかったことですぐに母にそのことが伝わり、「節約せずに、弁当でも買えばよかったのに」とたしなめられた。

 食費に限らず学費、交遊費など「なんらかの形で役に立ちそうなもの」「安全を確保するのに必要なもの」という緩い条件を満たしていれば糸目をつけることなくサポートしてくれたので今やりたいことをやることができている。経済的に恵まれた環境に置かれていると思うのも一因で開陳しづらいエピソードなのだが、金銭的価値観が違う人と共に過ごすことで起きた事件が2年前のクリスマスの失敗だった。

幻想に流されて

 クリスマスの数日前。母から「クリスマスには何が欲しいか」と聞かれたわたしは久々の帰国であったことと、クリスマス前の高揚感もあってごく軽い気持ちで「お母さんたちが選んで」とわがままを言ってみた。口で言わなくてもわたしのことをちゃんと理解していれば喜びそうなものを選んでくれるのではという期待で試すようなことを言ったのだ。特別高価なものを期待していたわけではなく、ちょっと質の良いハンドクリームとか可愛い文房具とか、香水だったら長く使えて瓶も残せるし最高だなあ、くらいの気持ちだった。自分の欲しいものを伝えて買ってこさせることに寂しさを感じていたのもあって、特に母に要望を出すことはしなかった。

 クリスマス当日、両親から渡されたのはそんなわたしの期待を裏切るような、一目見て値が張るとわかる高級ジュエリーブランドの袋だった。わたしは自分の発言が引き起こしたことの重大さに狼狽えたが、母がわたしのリクエストに応えて善意で選んだものなので受け取らないわけにもいかない。受け取って中を見てみると、ブランドのロゴとベロアの重厚感がその価値を訴えかけてくるようで頭がくらくらした。ただでさえ学費や滞在費で金を費やしているのに、自分をどれくらい理解しているか試したいという理由で、特に欲しいわけでもない装飾品に大金を使わせてしまった後悔と罪悪感と、やはりこの人たちはなにもわかっていないという悲しさで、自分の身勝手さが招いた結果にも関わらずボロボロ泣いた。「こんな高価なものを受け取ることはできない」と突き返し、拒絶した後の顔を見るのも会話をするのも怖くなって自分の部屋に逃げ込んだ。

あなたにわたしの話をしよう
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