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vol. 10 あなたにわたしの話をしよう 1/5

テルミン

明治学院大学文学部芸術学科2007年入学。長谷川ゼミ2期生。卒論は『ロールプレイングするレズビアンたち――同性愛にみられる異性愛的「男らしさ」』。2011年3月卒業。2012年12月にカナダへわたり、現在トロントの法律事務所に勤務。

クリスマスの大失敗

 コラムの執筆を依頼されたのは、ちょうどわたしが約2年ぶりに日本に帰国し、両親の住む家に滞在していた2016年の冬だった。冬、とくにクリスマスが近づくと、2年前にこの家で犯した過ちを思い出す。人に話すにはあまりに情けない出来事なので、これまで誰にも伝えず、散らかった感情と一緒に思い出したくないものとして見ないふりをしてきたのだが、最近ボランティアで行ったワークショップとこのコラムの執筆を通してなんとか形を与えることができそうだ。

ジャッジされ疲れ

 わたしは今、カナダの東、アメリカとの国境近くにある街トロントに滞在している。この街に来たのは2012年の年末。早いものでもう4年が経過した。たしかに10代の頃は「外国語が使える仕事に就けたらかっこいいし、外語大めざそうかな」と思うくらいには海外に対する憧れがあったのだが、まさか遠い昔の、忘れていた夢を意図せず実現させることになるとは思ってもみなかった。

 カナダへ移り住むことを決心した理由は様々あるため、全てを説明することはできないが、簡潔に表すとすれば「ジャッジされ疲れからの自棄」である。

 千葉で父の営む鉄スクラップ業を手伝っていた時のことだ。積み荷の重量を測りに大型測定器のある会社で父と測定が終わるのを待っていると、そこの経営者がわたし達に話しかけてきた。世間話のつもりだったのか本気かわからないが、交際中か、お見合いはどうかと私的なことをうんざりするほど聞かれた後、父に「娘さんが若いうちに結婚させないと。年を取ると頭が良くなって結婚できなくなるから」と助言をした。突然の侮辱に唖然としていると、追い打ちをかけるように「ははは、そうだねえ」と愛想笑いする父。怒りと失望で絶句しているわたしをよそに、彼らの平和な世間話は滞りなく進む。見かねた女性社員が話題を変えて助け船を出してくれ、その場は収まったが、今でも思い出すとふつふつと怒りがわいてくる。

 こちらの意思も構わず「男と付き合って同然」「結婚するのが当然」「若い女は馬鹿」という価値観が平気で押し付けられる出来事は日常的にあり、その度にどんどん怒りが蓄積されていく。特に卒業論文執筆を通して、こうした言葉でこれまで多くの人たちが苦しめられ、存在を消し去られてきたことを知ってしまった後だとなおさら過敏に反応し、頭がかあっと熱くなった。

 東日本大震災後の政治の方向性を見ていると、この価値観が変わることはないどころかむしろ推進されていくような感じがしていた。とにかく何かしなくてはいけないような使命感に駆られてデモやパレード、自助会などにも行ったが、短時間で何かが変わるわけはなく、むしろ無関心に触れる度に「もう疲れた」という思いが強くなる一方だった。

あなたにわたしの話をしよう
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