ホーム > 旅の栞OBOGコラム > vol.10 テルミン 3/5

vol. 10 あなたにわたしの話をしよう 3/5

テルミン

「性」のボランティアに関わって

 カナダ渡航直後からこれまで、「性」に関わるボランティアをしている。ボランティアというと立派に聞こえるかもしれないが、コネ作りや経験積みのためという思惑もあるし、誰も知らない土地で自分の価値観を共有できる人を探したかったというのもある。アニメや漫画が好きな人もいて、好きなことを好きなように話せる数少ない場となっている。

 渡航後しばらくはセクシュアルマイノリティー関連のボランティアに参加していたが、自らのアイデンティティをレズビアンからバイセクシュアルに変更して以降、もっぱら女性と子供の支援に関わるボランティアに集中するようになった。いま恋愛関係にある人は男性。セクシュアルマイノリティーのグループで自分の話をすることに引け目を感じ始めていたことや、ゲイ男性が多く、女性としての経験をシェアしづらかったことで参加頻度が次第に減り、フィールドを変更するに至った。

 最近、日本から来て間もない女性自認の人達を対象に、カナダのデートカルチャー紹介と称して性感染症の予防やコミュニケーションの重要性を啓発するワークショップの手伝いをした。様々なバックグラウンドを持つ人々が住むトロントの街にいると、異なる文化圏の人たちとの出会いも当たり前のようにあるのだが、それにどのように対応したらいいかというヒントが欲しくてこのワークショップに来る人が多い。「外国人との付き合い方講座」を期待してくる人もいる。

 その気持ちはよく理解できるのだが、残念ながらその期待に応えることはできない。国籍、家庭環境、経済状況、恋愛観、女性観……何もかもが異なる人たちをステレオタイプ化して解説することができないのだ。

 例えば、初めてあった人に突然ハグをされ、頬にキスされたとしよう。そのハグが挨拶のハグなのか、なにか別の意図があるのかなんて本人に聞かないとわからない。ところが「なんだかよくわからないけど、その行動がその人の国では普通なのだろうから受け入れよう」という適応力と「きっとただの挨拶なのに断ったら自意識過剰みたいだし、なんだか悪い気がする」という罪悪感で流されてしまう人というのはわたし以外にもいるようで、本当は嫌だったのに、どうしたらいいかわからないうちにトラブルに巻き込まれてしまったというケースも聞く。特に第二言語でのコミュニケーションに慣れていない、海外に来たばかりの女性をわざわざ狙ってくる性質の悪い輩もいる。残念ながら、トロントにだってジャッジしてくる人はたくさんいるのだ。

コンセントと自己表現

 ワークショップではデートやセックスなどの場面で役立ちそうな英単語の紹介の他、参加者がどのような価値観を持っているか、自分と違う価値観の人から迫られたときにどう対処できそうかなどを考えて実践で使えるような場を日本語と英語を交えて提供している。夏期集中講義に参加している三年生の動向を見守るような感じで少しもどかしくもなるのだが、参加者それぞれが違った意見や経験をシェアしてくれる場に立ち会えていることが嬉しい。

 講義ではないため特定の国籍・人種だからこうすべきというマニュアル的な対応の仕方を教えることはないし、できない。あくまでもコミュニケーションを取り、健康的な関係性を築くことを促すことが目的だ。そのために特に「コンセント」という概念について触れるようにしている。電気の流れるコンセントではなく、インフォームド・コンセントの方、「同意」という意味で、意図にそぐわないことをしてしまったり、されたりすることを避けるための対人スキルのようなものだ。

 自らの価値観を知り、許容範囲を定め、それを相手に伝えることはコミュニケーションの基本でそれに罪悪感を持つ必要はない。逆に自分のしたいことが相手にとって不快でないか確認をとってみたり、相手が断りやすいよう選択肢を与えることもできる。コミュニケーションの相手を人種や年齢、性別、出身地、宗教などによる固定概念でジャッジせず、コンセントを得ながらコミュニケーションを取ることは少なからず相手からの自己表現を求めることになる。コンセントを求めることは、「あなた」と「わたし」の話をしようという試みだとわたしは思うのだ。

あなたにわたしの話をしよう
1 | 2 | 3 | 4 | 5