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2014.09.27
vol. 3 自転車と出会って  2/4

きーにゃん


 

 メカニカルな乗り物

 自転車の購入時には揃っていなかった日常的に必要な部品やメンテナンス用品も、徐々に手に入れた。空気入れやスタンド、ベランダに置くための自転車カバー、チェーンオイルなどの整備用品などだ。シティサイクルやママチャリに乗っていた頃はたまに空気を入れる程度で、整備などしたことなかった。壊れたら新しいものを買うものだと思っていた。

 また、わたしが購入したシクロクロスは9速の変速ギアが装備された車体で、33cというタイヤ幅のブロックタイヤがはめられカンチブレーキがついていた。ロードレーサーなどは、主に23cや25cというタイヤ幅でスリックタイヤをはいており、タイヤが細く路面との抵抗が少ないスピード重視の装備となる。わたしのシクロクロスはオフロード走行用だけあって、路面の悪い道路でもアスファルトをよく掴むグリップ力があり、太めのタイヤのため段差を超えるのにも余裕があり走行が楽だった。ブレーキも泥詰まりしにくいオフロード向けのカンチブレーキというもので、よく止まるらしいが、正直これが止まるブレーキなのかどうかよく分からなかった。

 9速というギアの仕様であるが、一応自転車屋で説明を受けたものの、仕組みをよく分かっていなかった。ハンドルの両側にSTIという、ブレーキとギアのシフトチェンジを行なうレバーが装着されており、ここで主に操作する。ギアの仕組みを簡単に説明すると、クランクとスプロケットという2種類の歯車の刃数の比率で1回ペダルを回すごとにタイヤが何回転するのかが決まる。現行では11速まで発売されているらしく、STIやチェーンなど様々な部品がギア数に対応してそれぞれ用意されている。走行には、この比率を風向きや傾斜など走行状況によって変えて行く操作技術と判断力が必要だ。

 単純に「身体を動かしたい」という目的ではじめた自転車であるが、ジョギングや水泳などの運動とは違い、乗り物というメカニカルな道具を扱う知識を要する。わたしはバイクや自動車に無知な上、普段電車やバスにただ運ばれてきた。電車は乗れば動くし、車の運転もあまり縁がなかった。人間が何らかの道具や手段を用いて移動することの仕組みに、今まで大した興味も持ってこなかった。ただ、自転車は自分がペダルを回し、ハンドルを操作することで初めて前進するので、わたし自身がこの乗り物で移動するために何かと理解する必要がある。自分が移動の為に用いる道具は一体どのような仕組みなのか、道具を用いて移動するとはどういうことなのか、ということに向き合ったのははじめてで、単なる運動以上に自分が知り、覚え、関わって行く知識が幅広い点も、興味深く面白いと感じた。

 

 通勤ライダー

 シクロクロスを手に入れて1ヶ月半程経った頃、いろいろ心配してくすぶっていても仕方ないと奮起し、ようやく明大前から汐留の片道約12kmの通勤を決行した。ぶっつけ本番で汐留まで行くため、初日は念のため出社時間の2時間程前に出発した。事前にGoogleマップでルートを決めて行ったにも関わらず、序盤で曲がるべき道を通り過ぎ、再度Googleマップでルート変更し、かなりの行き当たりばったりで交差点ごとにマップを見る始末だった。結局相当な遠回りをしながら1時間半かかって汐留に到着した。

 それからは、最適な道を模索し、相当な悪天候で無い限り、毎日自転車で通勤するようになった。朝から全力で自転車通勤をしたら、疲れて仕事に支障が出るのではと思っていたが、朝から身体を動かすことによってむしろスッキリした状態で仕事が行なえた。電車で通勤していた頃は、毎日ヘッドフォンで音楽を聴いて自分の世界に閉じこもり、淀んだ空気が漂うギュウギュウの通勤電車で降車駅への到着を待ちわび、いつも自分と周りをシャットダウンして過ごしていた。自転車通勤では、その日の天気、温度、曜日の持つ雰囲気、交通量を感じ、毎日違う多くの刺激を得られる。自転車通勤では自分の世界に閉じこもる事無く、周りの変化を感じ、目を向け、楽しむことができるので、気のせいか精神的にも安定した。

 また、毎日同じ道を一定の時刻に運転することで、信号の間隔や道の距離感、街の動きや様子を覚えようとする姿勢が自然に生まれ、それをいろいろな道で応用できるようになってきた。毎日よりスムーズに走行するために自分の中での小さな目標を設定して、それをクリアしていくのが楽しいと感じた。もちろん、未熟な運転技術ゆえに、狭い道で車との距離感がとれずオドオドして電柱にぶつかって怪我をしたり、バランスが取れずにガードレールに突っ込んで転んだりもし、その度に自転車も多少損傷するなど、失敗も繰り返した。

 そのような日々の中、毎日乗り続けることで日に日に自分がアップデートされていく実感が強くなり、自転車が大好きになった。自転車に乗って移動するという、この身体を動かす行為が、自然と生活の一部になった。仕事場も、汐留の後、小川町、六本木一丁目、水道橋へと移ったが、自転車通勤を続けた。この習慣により体力も向上し、東京の地形や街の位置も分かるようになってきた。出掛けるときは完全に自転車で移動するようになった。なお、一緒に自転車を購入した旦那は、終電近くまでの残業が当然で休みは週一にも関わらず返上も度々であった前職を辞め、5月からメッセンジャーに転職し、自転車で仕事を行なうようになった。

3へつづく     

自転車と出会って
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