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2014.09.27
vol. 3 自転車と出会って  1/4

きーにゃん

明治学院大学文学部芸術学科2007年度入学、長谷川ゼミ2期・3期生。
卒業論文のテーマは『クラブカルチャーとはなにか──音楽・ダンス・テクノロジー』。
卒業後はIT会社に就職。
その後転職し、現在はメッセンジャーとして働いている。

 

 はじめに

 長谷川ゼミを卒業して早3年目。就職し、そして転職、さらに今年は結婚、と身の上、環境ともに変化してきた。その中で、1年半程前に在学中には全く縁のなかった趣味「自転車」と出会い、自転車で書類等の配送を行なうメッセンジャーになった。現在、趣味として、生活の足として、また仕事のパートナーとして、わたしと密に関係する自転車との日々について、みなさんにお話したいと思う。

 

 身体を動かしたい

 運動神経が悪いわけではないが、日常的に身体を動かす趣味はなかった。子どもの頃に習いはじめたバレエは10歳で、水泳も14歳でスクールに通うのを辞めた。高校1年の頃にも1年程地元のテコンドー教室に通ったが、その期間を最後に特定のスポーツに取り組むことはなくなった。趣味やダイエット目的でジョギングやスポーツジム通いをすることもなく、気まぐれに自宅で腹筋やストレッチなどをする程度であった。同じく旦那も、中学生の頃一時期テニスをしていた程度で、継続して身体を動かす習慣はなかった。

 わたしと彼との共通の趣味で、かつ、少し身体を動かすものといえばクラブやレイヴなどで行なわれるパーティー通いという、夜遊びのみ。一晩中、長いときは昼頃までほとんど座らずに音楽に合わせて身体を揺らし、会場を徘徊する行為は正直体力をかなり消耗し、なかなかの運動に値する。しかし、本来ならば寝ているはずの時間に無理矢理活動し、窓のない密室空間にてタバコの煙にまみれ、ただひたすら酒を投入して、身体、内臓ともに、もう無理と思うまで遊んで過ごすのは、決して健康的とは言い難い。そうしてパーティーでギリギリまで絞り出して遊んだ後は、翌日までしばらく使い物にならないくらい寝果てるのが常であり、まさに「体力の前借り」状態であった。

 この不健康な趣味を何より愛するわたしたちだったが、お互いに日頃から健康的に身体を動かす趣味を持ちたいと考えていた。これまでとは違う、新しい刺激を共有したかったのだ。ただ、2人ともがやりたいと思える共通のスポーツがない上、わざわざ道具と場所と活動時間などを用意して「スポーツしに行く」のが面倒であった。

 その当時、旦那は自宅の明大前から数駅離れた経堂にある職場へ自転車で通っていた。単に近いのに乗り換えが面倒だという理由で、効率の良い移動手段の足として手頃な自転車を購入し、自転車で通いはじめた次第であったが、なんとなく1年近くその生活を続けたことが今につながるきっかけとなった。電車など公共の交通機関で行き辛い場所へも行ける移動手段であり、移動の行為自体が運動となる一石二鳥さに加え、既に2人とも自転車に乗る基本的な技能は習得しているというハードルの低さもあり、2人でスポーツ自転車に挑戦してみよう、と奮起したのであった。

 

 はじめまして、スポーツ自転車

 スポーツ自転車にはどんな種類があるのか、どういう違いがあるのか、それらが使われる競技は何なのか、サイズ、パーツ、メーカー、原理、何も知らなかった。購入を検討しはじめてから何度かスポーツ自転車を置いている自転車屋へ足を運んだが、何を選べばよいのかよく分からず、とりあえず店内を一周してカタログを貰って返る始末であった。インターネットでも手当たり次第に検索したが、初めて目にする単語、あれこれ意見するさまざまなユーザの声、情報がありすぎて無知の自分は余計に混乱するばかり。そんな中、シクロクロスというスポーツ自転車が良いらしいという情報を耳にした。泥や雪にまみれたオフロードコースで行なわれる、冬をシーズンとする競技に使われる自転車で、装着可能なタイヤの太さが多様な上、ブレーキも良く止まるものがつけられ、悪路に強いという。また、車体のフレームの形状は少し違うにしろロードバイクと同じ部品を使用するため運用やカスタマイズがし易く、スピードも出せ、ロードバイクとマウンテンンバイクの利点を兼ね備えている車種らしい。それらに加え、乗り心地もロードバイクより安定感のある車種故、スポーツ自転車初心者に向いているそうだ、というシクロクロス好きの自転車屋さんから吹き込まれた情報だけを頼りに、「じゃあ、シクロクロスにしてみようか」となんとなく目標を定めた。

 その後程なくして、無事に自宅まで走行して帰れそうな距離にある下北沢の自転車屋さんに行った。とりあえず、2人とも乗る事ができるサイズ、気に入ったデザイン、購入可能な値段の条件が揃ったシクロクロス車を見つけ、手に入れた。乗ってみなければはじまらない。

 購入時にポジション確認のため店の周辺で試乗したのだが、店員さんもこのままわたしが乗って帰るのが心配になるほどの、酷い試乗姿であった。これまで乗ったことのあるシティサイクルやママチャリが、お尻をしっかりつけた後重心で乗る車体であったのに対し、ロードバイクやシクロクロスは背筋が前傾した前重心で乗るため、全体的なポジションがかなり違う。自転車だから乗れるだろうと高を括っていたが、全く違う乗り物じゃないかと驚いた。そうだ、確かに自動車でも一般の乗用車とレーシングカーはまるで違う。自分でも心配になるほどグラグラの状態であったが、出来る限り安定して乗れるように超初心者ポジションに合わせて設定してもらい、恐る恐るゆっくり自宅まで帰った。本当に怖かった。

 

 週末ライダー

 シクロクロスを手に入れたが、とにかくさまざまなことに慣れる必要があった。車はもっぱらペーパードライバーで、地元を出てからほぼ自転車にも乗っていないので東京の道は初めてだったし、主に車道を走るのも初めてだった。車体に対する慣れだけでなく、道も路面も慣れなければいけない、ただ乗って走るだけではないのだと思い知った。

 はじめの1ヶ月半は、主に週末に出掛ける際に乗った。今思えば自転車で行く距離としては相当近所なのだが、目的地まで電車もバスも使用せずに行くことが新鮮で、家から近いのに初めて通る道も多く、楽しかった。ただ、運動不足の身体は多少の傾斜でもすぐに息切れするし、これまで身体が使った事の無い筋肉が刺激され、近距離の走行でも毎回何らかの筋肉痛になった。

 目標は、当時常駐していた勤務先の会社がある汐留まで通勤することであったが、あの頃は自分がそこまで走れる気がまるでしなかった。ただ、毎回乗るたびに体力的にも道の知識も路面の慣れも向上し、少しずつ成長している気がして、前進している実感が得られたのが小さな喜びだった。

2へつづく     

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