私は長谷川ゼミ4期生として卒業論文を執筆し、2013年3月に大学を卒業した。そして卒業後はテレビ局でAD(アシスタントディレクター)として働いた。ADとしての仕事は丸1年続け、2014年の春で退職している。それから約3か月が経った今、私が大学を卒業してからどんな1年を過ごしてきて、どんなことを感じたのかをここで綴りたいと思う。
大学を卒業後、小さな番組制作会社に就職した。そこは主にテレビ局への人材派遣を業務として行っている。私は某テレビ局の朝の情報番組、その中のニュース班という場所に派遣された。そこで様々な経験をし、様々な衝撃を受けた。
一番驚かされたのは 24時間以上の労働である。基本は朝の10時に出勤、そこから「休憩時間」は一切与えられず、次の日のお昼ごろまで働き続けるのだ。最初の頃は明け方になるともう立ったまま眠ってしまうのではないか…というくらい眠気に襲われていた。眠る時間が与えられないということに対してショックを受けた。
あるコーナーを例にとって、準備からOA(註1)までの段取りを紹介しよう。ニュース班が担当しているコーナーの中に、1つのニュースにスポットをあて、それについて深堀りするというものがあった。ADとディレクターが1対1で作るものだ。そのコーナーの担当になると、OAの前日の朝7時前に出社をする。ディレクターより前に出社し、その日の全国紙、スポーツ紙の朝刊一式を用意する。そしてそこからはディレクターとひたすら新聞を読んだり、ネットを見たりして明日のOA用のネタを探す。これがすぐに決まればいいのだが、運が悪いとお昼過ぎまでネタが決まらないことがある。そうなると地獄である。ネタが決まったら次はそのネタを映像として成立させるための準備が待っているからだ。ネタが決まったら、ADはそのネタで必要な取材先にあたりをつけて電話でアポ取りをし、ディレクターが原稿を書くときに必要な資料集めや情報の裏どりをする。他にも、使うかもしれない過去の映像のデータベース検索、その映像に関する権利関係の確認と許諾取り、専門家にインタビューする場合は専門家さがしとアポ取り、そして局内でインタビューする場所の使用申請と撮影申請など…。その他諸々をほとんどADがやらなければならない。その間に取材先が決まればロケに行かねばならない。ディレクターのみがロケに出る時もあれば、ADとディレクターで出る時もある。
このコーナーの準備をしていたある日、ロケに行く場所が数か所あり、ネタが決まったときにはすべての場所に行く時間がなかったため、ディレクターと二手に分かれ、私は1人でカメラを背負ってロケに飛び出した。局に帰ったのが22時近くだ。
そこからスタジオの再撮モニター(註2)で使うイラストや地図の発注に私は追われた。ディレクターはひたすら原稿を書く。てっぺん(註3)をまわった頃、ディレクターとともに編集所に入る。ADは編集のサポートにまわる。原稿をもとに、コーナーの決まった時間に収まるように秒単位で1カットずつ映像をつなげて尺(註4)を計る。一度編集を終えたら、その日のチーフディレクター(以下チーフ)とアナウンサーに映像を確認してもらいつつ、打ち合わせを行う。そこで内容や尺の直しが発生すればもう一度編集し直す。チーフからのOKが出たら今度はスーパー(註5)入れに入る。そしてこのスーパーもチーフに確認してもらい、直しがあればもう一度直す。私はその作業の合間を縫ってアナウンサーがカメラを見ながら読めるように原稿の文字を起こしてカンペ(註6)を作る。カンペができたらディレクターとアナウンサーに確認してもらう。この時点でOAまであと10分なんてこともよくあり、そんなときはカンペを抱えてスタジオまで走る。そしてVTRを搬入(註7)してディレクターがサブ(註8)に入り無事、OAがスタートする。
そのほかにここには書けていない諸々の作業も合わせ、何段階も経て完成した映像が朝には全国放送で流れるのだ。以上のような仕事を、常に時間に追われながら行っていた。この1秒を争う時間との闘いをなんと表現すればいいのだろうか。1つ言えることは、OA時間直前からOA終わりまで、もとい、場合によってはニュースの映像を準備するすべての時間が戦争であった。
ほかにも夜中の1時出勤という日があったり、突然地方にロケに行くことになったり、街頭インタビューをしたり…さまざまな経験をした。今思い返してみると仕事をしていた1年間、自分の経験についてじっくりと考えたり振り返ったりすることはほとんどなかった。不思議なことに仕事に慣れれば慣れるほど考えることができなくなっていくようであった。体力的にも精神的にも仕事以外のことを考える余裕がなくなっていった。それが怖かった。体と心の余裕のなさは1年間で仕事を辞めた大きな要因の1つである。
自分の経験について振り返り、考えることができるようになったのは仕事を辞めてからであった。
●──註
[*1]オンエアー(ON AIR)の略。テレビ、ラジオなどの放送が放送中であること。
[*2]スタジオにあるモニターのこと。図やイラストなどを映してアナウンサーが説明するときなどに使用する。
[*3]午前0時のこと。
[*4]映像のフィルムやカットの長さのこと。
[*5]映像に文字や図形を重ねること。ここでは主に字幕のこと。
[*6]カンニング・ペーパーの略称。番組放送時においてカメラのわきから出演者見せる、台詞や番組進行の内容の指示が書かれた大きな用紙。
[*7]編集を終えたVTRをOAのためにスタジオに持っていくこと。
[*8]サブ・コントロール・ルームの略称。副調整室。テレビ、ラジオなどの放送局における各種スタジオに設けられる機器類を操作するための操作室。主に放送用の回線が接続されている番組制作用機器を操作し、音声、映像等を調整する。ディレクターは自分のコーナー中ここに入り、指示を出す。